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Team 片手業・TV : 新番組、第1話、時代劇、水戸黄門、視聴談など

『銭の戦争』草彅剛くん、木村文乃さん熱演も、自業自得の富生くん…。「話」は面白いが、「シーン(描写)」が命取りかな…。

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)で熱演中の草薙くん

 

第5話までの視聴率の推移:14.1%→11.9%→12.1%→13.1%→12.6%
離れて行く人は離れて行き、ついて来る人はついて来ているという感じですね。初回はひどかった。見るに耐えないシーンが沢山ありましたね。第2回放送分の落ち込みはそんなことが影響していそうです。視聴率に関しては業界では、まずふた桁が目標のようです。しかし、世間的には14~15%が分岐点のようですね。つまり、聞こえてくる評価が「いい感じ」なのは15%超えたものが多いようです。もちろん、ひと桁でもいいものはいいし、15%超えていても悪いものは悪い。しかし、20%超えたものは、好き嫌いは別にして「いい所」があるドラマだと思います。
「「テンポが早くて良かった」
「退屈しなかった。主人公がウジウジしてないのがいい」
「唐突な展開が面白かった」
「ものすごく見応えあるドラマ。来週から楽しみ」
という好意的な評価がある反面、
「ストーリーは面白いけどところどころ描写がすっごい辛くなる」
「ボコボコ殴られたりゲロ食べようとしたり気持ち悪すぎて飛ばした」
「暴力、警察、病院、金が頻繁に出てくるのは見ててシンドイ」
という、嫌悪混じりの評価も随分ありました。
まとめれば、「ストーリー」は面白いが「シーン」に工夫が欲しいと言う所でしょうか。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)HP

http://www.ktv.jp/zeni/index.html

 

番組HPの「イントロダクション」に、
「家族や自分を苦しめた金貸し業に自らも足を踏み入れ、復讐に燃えながら這い上がっていく、痛快エンタテイメント!!
愛、金、人生…、すべてを奪い返すまで復讐は終わらない」
と、唱ってあります。見てみないと分からないですが、
威勢のいい言葉が並べられています。
キーワードは「愛」「金」「人生…」「復讐」「奪い返す」
などでしょうね。
この種の、やり返す、見返す、復讐するなどのドラマは痛快で、日々、ストレスを抱えている被抑圧者とも言うべき、現代の一般社会人が「溜飲を下げる」には恰好のドラマです。それを期待してチャンネルを合わせた方が大勢いらしたでしょうね。「やり返す、見返す」などをテーマにしたドラマは、会社であれば上司、学校では先生など、抑圧を感じさせるような目上の人に対して「今に見ておれ」というスタンスで展開させていきます。「復讐もの」も社会の巨悪などを相手に溜飲を下げさせるのが目的で展開します。
前者は。先年大ヒットした『半沢直樹』が代表でしょうね。後者は往年のヒット作『必殺シリーズ』ですね。つまり、この『銭の戦争』は半沢直樹必殺シリーズ的に展開するのでしょうか? 第2話までしか見ていないのでなんとも言えませんが、どちらにしても、上司や巨悪、またはいじめ役は憎たらしいほどに憎たらしい演技が必要ですし、主人公の置かれた状況も屈辱的であればあるほど、溜飲を下げる時の快感はいや増すというものです。だから、作者はそのシチュエーションを作り出すところにアイディアを傾注するでしょうし、追いつめられた状況をどのように覆すかということにも心血を注ぎます。第1回は、もちろん「やり返す」「復讐」などはありません。頂上から奈落へ転落していく筋書きで終始しました。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)カードを研ぐ富生の父、孝夫。カードには「シライシ タカオ」の型押しが見える。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)イルミネーションが美しい「横浜みなと博物館」で、富生と梢は豪華な婚約披露パーティを行った。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)富生の大学時代の後輩。パーティ会場に現れた灰谷は風采こそ上がらないけれど、ゲーム関系の会社経営で成功していた。


第1回の始まりは父親の孝夫・ 志賀廣太郎さんが、自殺のためにカードを研いでいるシーンからですね。一方、息子の富生・草彅剛くんは最絶頂にあります。梢・木村文乃さんとの婚約レセプションはゴージャズなものでした。ここに風采のあがらぬ昔の友人が訪れます。しかし、富生はとりあいません。これが、後の屈辱の伏線になっていますね。友人は「オレの名前を憶えているか?」と何度か聞きますが、富生はその都度、上の空。「憶えてる」と言うだけで、名前を口にしませんでした。ここでは制作者は、富生の有頂天を表現しているのでしょうね。しかし、いくら有頂天でも、風采の上がらない相手でも、自分(富生)が下から這い上がってきた者だからこそ、風采の上がらない男がこの晴れ晴れしい場に出向いて来てくれることが如何に勇気のいることかを知っているはずです。
自分の身に置き換えてみて下さい。同窓会に欠席する人の何割かは、今の自分を見られたくない人。何割かはあいつの成功した姿なんか見たくもない人。ブランド品、家庭自慢など聞きたくないと言う人だ思います。だから、成功した人は内心有頂天でも、友人の名前を忘れていても、周りに対する気遣いが必要でしょう。「あれっ、誰だったかな。ゴメン」くらいは言うのが知恵と言うものです。しかし、富生は風采の上がらぬ友人のことなど眼中になかった。富生はそういう意味で未熟なのでしょうか。しかし、これは「大人になれば分かる」とか「経験で学ぶ」という性質の「心の様」ではありません。小さい時から「ある人にはある」そんな性質のものです。従って、富生は自己中で他を愛せない性質として表現されています。

 

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半沢直樹』(TBS)自らが仕掛けた融資事故の全責任を半沢に押し付けようとする浅野支店長・石丸幹二半沢直樹堺雅人さん。石丸幹二さんは、東京藝術大学出身(音楽学部声楽科)。東京劇団四季の出身で歌唱力にも定評があります。

http://blogs.yahoo.co.jp/newport1462/GALLERY/show_image.html?id=11040243&no=8


例えば半沢直樹みたいな、自分とは違うエリートであっても、上司から妬(ねた)まれて、意地悪されている時、視聴者は「頑張れ」と言う気持ちを抱きます。住む世界が違っても共感を持てています。「意地悪」する浅野支店長を半沢と共に憎むのです。また、必殺のようなドラマでは、虐(しいた)げられた女郎や、捨て駒にされた下級武士が辱(はずかし)められます。しかし、彼らには半沢のような「倍返し」する力はありません。細々と蓄えた「銭」があるだけです。なけなしの銭で「仕置人」に依頼しますね。我々も、虐げられた者の身になって、主水がバッサリやってくれるだろうと、悪人バラを憎んでその時を待ちます。それは弱者に自分を投影しているからです。しかし、富生の場合はどうでしょう。あのような人間性の富生に自分を重ねられるでしょうか? 物語の中でも友達は少なそうですもの。そんな人柄(!)なんですよ富生は。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)富生の元上司。保身第一の人物であり、窮地に立たされていた富生に無理難題を押し付けて、それを解雇の口実にしようと目論む。しかし、富生が顧客データを残さず退職したために、自身が窮地に立たされる。


借金が返せないために質の悪い闇金(?)から、会社の富生宛にひっきりなしに、嫌がらせの電話がかかってき、会社中に知れ渡ります。ついに、上司の黒田・飯田基祐さんは策を弄して富生の首を切ろうとします。この時の飯田さん、憎たらしい演技がうまかった。初めて富生に、「やり返せ」と応援する気になったものです。あと数日で1億近くの売り上げろという無理難題でしたが、富生はやり遂げますね。どんな方法で上司をやり込めるのかと期待していましたが、そこに「頭(アイディア)」はなく、コネとひたすら動き回る映像でした。がっかりしました。つまり、「ない時間」でも「動き回ればできる」(精神論)的な適当なシチュエーションだったのです。半沢直樹では、苦境には必ずアイディアがありました。それに加えて、彼には人がいましたね。つまり、見る側の共感だけではなく。ドラマの中でも半沢の生き方に共感するものが沢山いたわけです。シナリオはそのような人物として描かれていました。だから、浅野課長に倍返しするシーンを待ちに待ったのです。つまり、にっちもさっちもいかない状況をどのような手段で打開するかというのも、溜飲を下げるのに大きな条件なのです。それらは、第3話以降の「復讐」する過程にふんだんに盛り込まれているのでしょうか? 少なくとも第1話のこの1シーンにはそれはありませんでした。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)路上に座り込んで途方に暮れる富生の足下に光るものが。未央が落とした500円玉だったが、すかさず靴の下にした。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)500円転がっていかなかったか尋ねる未央・大島優子だが、富生は「見てませんよ」と言う。未央は富生をどろぼーと呼び、知り合いになってからは富生を「500円男」と呼ぶ。


さて、いよいよ富生が紺野未央・大島優子さんと出会うシーンです。未央が自販機で買い物をしようとして500円玉を落としました。それが、富生の足下に転がって来た。富生はそれを靴で踏みつけて強引に奪ってしまいました。このシーンは理解できます。私にもそんな思いで過ごした時期があるからです。富生はあの時の私より、何十倍も、何百倍も苦境にいるのだと思えました。しかし、なんで、あんなにとげとげしいのかな。それも人柄の表現、役作りなのでしょうか? 「致し方なく500円を掠(かす)めとった」という罪悪感は表現されていませんでしたね。ここでも富生の人柄に問題があり、共感できなかった。言い忘れましたが、草彅くんの演技が悪いのではありませんよ。彼はきっと脚本や演出に従った演技をしているのだと思います。そして、その結果、私にこのような思いをもたらしているのだから、素晴らしい演技と言えるのでしょうね。

切羽詰まった富生はゲームで成功した友人の灰谷・ 中林大樹くんから借金しようと会社を訪れます。灰谷とは、婚約パーティで「オレの名前を憶えているか?」としきりに聞いて来た、あの同級生です。灰谷は婚約パーティの時の富生の仕打ちを腹に据えかねていたのでしょうね。「昔から、お前はオレを見下していた」と言いました。この灰谷の行動も不思議で、そんな嫌なやつのパーティに行きますか? ふつう。ま、この場合、行かないとドラマになりませんものね。行ったとしましょう。そして、適当にあしらわれた。灰谷は怒ったでしょうね。しかし、富生は舌の根も乾かぬうちに、その友人に借金に行きます。この辺りは、富生に同情できるところです。普通、行きたくないですよ。でもそれほど困っているのですね富生は。灰谷としては、「お前、パーティーでは適当にあしらってくれたな」と言う、復讐心でいっぱいだったでしょう。「貸してくれ」「貸さない」の問答があって、それでも富生は諦めずにつきまといます。嫌われている相手にそこまでやる? と思いましたが、さらに、友人は「おれのゲロを食ったら金をかす」と言うのです。私はそのシーンから10分間、映像を飛ばしました。
これは富生が「ゲロを食うまでに追いつめられている」と言う表現なのでしょうね。まさか、それをやらした友人に倍返しをするための伏線だとは思いたくありません。だって、友人は何も悪いことはしていないのだもの。しかし、このドラマのキャッチに「復習に燃えながら這い上がっていく、痛快エンタテイメント!!」つまり、復讐ですよね。なんだか、この友人は蹴落とされる予感がするのです。でなくても、富生がここまで追いつめられているというシーンを「ゲロを食う(実際は食わなかった)」で表現したところに、制作者に対する共感が持てなくなりました。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)マンションの前で心配顔で富生の帰りを待つ梢だが

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)金と女のどちらを選ぶと問われたら「金を選ぶ」と言う富生。さらに「金持っている女と付き合っていて(良かったよ)」言うと、梢の右手が富生の頬をはたいた。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)打ちひしがれ、帰りかける梢に、富生は「気持ちなんか入らないから、金は置いていけよ」と追い打ちをかけた。すると梢は


最悪は、梢・木村文乃ちゃんとの関係です。なんで自ら壊してしまったのか。おばあちゃんが「付き合わないことを理由にお金を貸し(あげ)た」ので、彼女を振り切るために冷たい態度をとっているのは理解できます。しかし、その後、文乃ちゃんが「困っているんでしょう」「使って」と言って、300万円を差し出した時、一旦は振り切ったものの、振り切ったのは彼女だけで「お金は置いていけ」と言いました。文乃ちゃんはお金を投げつけて去っていきました。あり得ることだとは思ってみても、共感できないのはなぜでしょう? お金でどん底に突き落とされた彼には精神的余裕がなかった? う~ん、そうも言えますか? 追いつめられた時ほど、文乃ちゃんのような気遣い(愛)が救いになるのではと思います。例え、おばあちゃんと「梢さんとは付き合わない」と約束していたにせよ、です。富生は300万円を持ってきて気遣う梢に言いました。

「その優しさは、金を持っているからこその余裕だ。そーゆーのって、金を持たない人間を余計に惨めにするんだ。知ってたあ」

と。草彅くん、目一杯の演技でした。文乃ちゃんの無言の演技もいじらしかったし、梢ちゃんが可哀想でした。脚本家は、視聴者にこういう心境になって欲しかったのでしょうね。確かに、その通りになりました。なりましたが、ドラマの中の梢ちゃんは札束を3回投げつけて去った後も、富生のことが気がかりです。それは、実際に無理があろうと思います。梢を未練な女として描きたかったのか、または、そうしないと次の筋書きにつながらないからなのか。結局の所、無理な展開を描いてしまっているのです。無理は破綻を招きます。それは、本来、断腸の思いで振り切った富生に同情の念を引き寄せるためのシーンが、富生の人間性を貶(おとし)める結果になってしまうからです。その辺りが理解できるかできないかが、このドラマの問題なのでしょうね。従って、同情、共感の念は湧いてきませんでした。

 

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銭の戦争』(フジテレビ系列)葬儀場に現れた元上司の黒田が婚約パーティは大勢が押し掛けて豪勢だった…、と言ったのをきっかけに、売り掛けが回収できない業者たちが騒ぎ始めた。


似たようなシーンがあります。自殺した富生の父・志賀廣太郎さんの葬式のシーンです。葬儀場に会社でやり込められた上司・黒田がやって来て捨て言葉を吐き、列席していた富生の父の会社の社員の憤懣に火をつけました。社長の悪口を言う社員には耐えた富生ですが、列席した業者が、

「死んだからって何でも許されるわけじゃない」
「死んでチャラにされちゃたまんないんだよ」

となじった時、富生は切れてしまいました。

 

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『銭の戦争』(フジテレビ系列)「お前らが見た事ないような金、大金を目の前に積み上げてやる」「オレはオレの人生とオヤジの人生。金でなくしたものすべてを金で取り戻す」と怒れる虎のような咆哮が、富生の全身からほとばしった。


ここでも草彅くん、一世一代と思われる熱演でした。素晴らしかったです。しかし、その分、ドラマの中の富生に対しては「バカなやつ」という感慨しか湧いて来ませんでした。つまり、どん底になったのは父親の借金のせいではなく、自らが生きて来た結果に過ぎないとしか思えないのです。父親の借金は引き金でしかなく、借金を背負うことになったのも、彼女(愛)を失ったのも、仕事を失ったのも、その原因のほとんどが富生の性格、生き方の結果なのです。制作者は意図していないでしょうが、ドラマの富生の描き方はそのようになっているのです。これからのドラマ展開で、富生が人間的に成長して立派になったとしても、あの地獄は富生が自分で招いたものであるという印象があるかぎり、見返す状況ができたとしても、それは「復讐」とか「見返す」と言った勇ましいものではなく、「やり直し」または「復活」という、制作者の意図しなかったジミーなシチュエーションでしかありません。まして、自業自得の結果なのだから「見返す」もおかしいし、「復讐」は筋違いでしょう。半沢直樹や必殺のような爽快感は味わえないでしょうね。

上でも述べましたが、「痛快」とか「溜飲を下げる」などの気持ちになれるには、虐(いじ)める人と虐められる人、辱(はずかし)める人と辱められる人のような構図が必要です。そして、そこで重要なのは虐められる人または辱められる人への「共感」です。例えば、忠臣蔵の仇討ちを最大の見せ場にするために、吉良上野介はこれ以上はないという「悪」でなければなりませんね。逆に浅野内匠頭ほか家臣団は同情をかうに値する「善」でなければなりません。喧嘩両成敗が定法の江戸にあって、幕府の片手落ちな裁きに江戸っ子たちは「浅野」に共感を寄せました。そして忠臣蔵は仇討ちの代名詞にまでなったのです。さて、『銭の戦争』第1話で、富生の人柄、行為に共感が持てた人はどれだけいるのでしょうか? 草彅くんや木村文乃さん、大島優子さんという役者さんの演技とは別の話ですよ。彼や彼女ファンの方は、何はともあれ共感しようと(努力)して見ているでしょうから。
その「共感」なくして、復讐だの見返すだのと言ってドラマが進行しても溜飲が下がるはずもないのです。まして、爽快感など味わえることもありません。もっとも、動機に関係なく1話、1話を短絡的に見るなら面白さは味わえますが。津川雅彦さんが出た回あたりは、ストーリーに関係なく、津川さんの演技を楽しめましたからね。

「節度を保つ」とか「頃合いをみはからう」という言葉があります。日本は今、自由主義の国と言いますが、ほんとの自由とは、自らが「節度」を保つことができて、また「頃合い」を見ることができて実現するものだと思います。自由だからと言ってどこまでもやってしまう、どこまでも言ってしまうなどをくり返していると、それはいつの間にか社会を壊し、結果、自分も壊すことになります。挙げ句は、国などから規制がかかることは必至です。つまり自由は奪われるのです。だから個々に「節度を保つ力」や「頃合いを見る力」がなくてはいけないのです。「ゲロのシーン」を、食べた食べなかったではなく、そのシーンを入れたシナリオライターさんには、「節度」というものを心していただきたいものです。暴力のシーンも、このドラマに関しては同じことが言えます。これ以前、「人は心映え」という名言をドラマ(詳細は、当ブログ「中村雅俊さん&柴田恭兵さんの『風の峠』は…。43分間、緊張を持続できているのが素晴らしい。NHKで久々に楽しめそうな時代劇…)で聞き知ったばかりだったので、ことさらに危ぶまれるのです。

 

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NHK木曜時代劇『風の峠~銀漢の賦』「人の美しさは覚悟と心映えです」は千鶴・中村ゆりさんの口ぐせであった。

  

—Akitsu

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銭の戦争 上 ?金の地獄 篇? (竹書房文庫)

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銀漢の賦 (文春文庫)

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