TV、テレビ、自転車ときどきキッチン

Team 片手業・TV : 新番組、第1話、時代劇、水戸黄門、視聴談など

『信長協奏曲』…小栗旬くん、柴咲コウさん好演も、なぜ視聴率が伸びきれなかったのか?『軍師官兵衛』に見る視聴率高下の理由…

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115225928j:plain

GTO(フジテレビ・1998年)のぼる・小栗旬。教頭他が鬼塚を追い出そうと生徒と一緒に模試を受けさせることに。生徒は心配するが、先生になれたのだからと納得。しかし、のぼるが「(鬼塚せんせいが)徳川8代将軍は松平健で、15代将軍はモックンだと言ってましたよ」と衝撃発言。

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115234055j:plain

GTOスペシャル』(フジテレビ・1999年)鬼塚は理事長の依頼で聖アカデミー学園へ。生徒に送別会をねだる鬼塚だが、生徒にはそれぞれ予定が入っていた。残るはのぼるひとり。

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115234137j:plain

GTOスペシャル』(フジテレビ・1999年)生徒に送別会をねだる鬼塚だが、生徒にはそれぞれ予定が入っていた。残っていたのぼるを誘うが、のぼるには女子大生の彼女とデートの約束があった。

 

先日、年明けに録画しておいた反町隆史松嶋菜々子主演『GTO』(フジテレビ・1998年)を見ていたら、あれって感じでした。いきなり小栗旬くんがいじめられ役で出演していたのです小さくて、かわいゆいですよ。旬くん、この後に急に背が伸びたのだとか。

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115234240j:plain

ビーチボーイズ』(フジテレビ)で反町隆史と共演した竹野内豊さん。竹野内豊さんは、この前に放映された『ロングバケーション』の葉山真二役で一躍人気者になったとか。

http://boukenka.info/wp-content/uploads/2014/01/ビーチボーイズ.jpg

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115234330j:plain

GTOスペシャル』(フジテレビ・1999年)念願の冬月先生との恋が叶った鬼塚だったが、その翌朝、ささいな行き違いで二人の仲に深くて暗い溝が


ついでに、この時の松嶋菜々子さん演じる冬月先生の部屋には、「(冬月先生いわく)星の王子様」のポスターが壁にかかっていました。なんと『選TAXI』(フジテレビ・当ブログ「竹野内豊さんのステキな『素敵な選TAXI』…運命は変えられるか? 」)の竹野内豊さんではありませんか。『ビーチボーイズ』(フジテレビ)の頃のポスターでしょうか? 随分イメージが違っていますね。かっこいい。

 

「…小栗旬くん、柴咲コウさん好演も、なぜ視聴率が伸びきれなかったのか?」という前回のお話の整理をしておきます。
結構、面白いドラマだったのになぜ視聴率がじり貧になったのかを、原作、シナリオ、演出、キャストの側面から考えてみました。原作はというと、面白いからTV化されたのだと思います。シナリオ、演出は置いて、キャストに関しては小栗くんや柴崎さん、向井くんあたりは時代劇で目覚めたかというくらいの演技をしてくれていましたね。濱田岳くんの素晴らしい演技、高橋一生くんは普通に素晴らしく、御大の村井國夫さんは言うに及びませんね。キャストの方々は素晴らしかったです。では、シナリオが問題なのか、はたまた、問題は演出なのだろうか? 以下、今回の考察です。

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115234429j:plain

軍師官兵衛』「死闘の果て」(NHK)官兵衛、苦戦の末に勝利し、名声を得た青山・土器山の戦いであったが、母里小兵衛塩見三省、武兵衛・永井大親子を失った。

http://www1.nhk.or.jp/kanbe/story/story05.html


ここで、主役のモティーフこそ違うけれど、同時代を描いた去年の大河ドラマ軍師官兵衛』視聴率の変遷とテーマとの関連を見てみましょう。
第1回は23%。これは視聴者のご祝儀も含めての大盤振る舞いだったようで、第2回は17.8%まで急落しています。これが20%台に持ち直すのは第5回「死闘の果て」です。これは視聴者が「軍師」官兵衛に寄せる期待感のあらわれかと。前半の見せ場です。このシーンは、世に「青山・土器山(かわらけやま)の戦い」と言うそうです。青山の戦いで官兵衛は、300人の伏兵で3000人の赤松政秀の軍に奇襲攻撃をかけて撃退しました。土器山の戦いでも大苦戦の末、奇襲(奇策)攻撃で勝利をおさめ、「播磨に官兵衛あり」との名声を得る事になりました。つまり、官兵衛の名声が上がった晴れやかな合戦シーンだったのです。視聴率は21.8%。

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115234643j:plain

軍師官兵衛』「松寿丸の命」(NHK)信長は松寿丸を殺すように命じるが、竹中半兵衛とおねは相談して、信長の命に背き松寿丸をかくまった。

http://www1.nhk.or.jp/kanbe/story/story21.html

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115235400j:plain

軍師官兵衛』「乱世ここに終わる」(NHK関ヶ原の決戦の隙をついて九州をほぼ制圧した如水だったが、皮肉にも息子、長政らの活躍で関ヶ原の戦いは一日で終わり、如水の天下取りの野望は潰えた。


その後、再び15%台にまで下落します。次にやや持ち上がるのが第9回「官兵衛試される」の19%。この辺りは官兵衛が竹中半兵衛に試され、兵法家として育ってゆくという流れです。つまり、希代の軍師二人が相見えるという、やはり見逃せないシーンでした。視聴率19%。次いで視聴率が上がるのは第21回「松寿丸の命」です。確か、半兵衛が誰も逆らう事のできない恐怖の信長を欺いて、松寿丸をかくまうという、「半兵衛」の諸葛孔明を彷彿とさせる逸話が描かれていました。やはり感動のシーンです。視聴率19.1%。次が「帰ってきた軍師」。つらい土牢の凄惨な場面から一気に明るくなりました。当然視聴率も上がります。次は第27回「高松城水攻め」です。これはもう、歴史的に名を刻んだ作戦で、秀吉&官兵衛を描いたドラマでは欠かせない見せ所なので高視聴率は当たり前でしょうか。20.3%。ここから官兵衛の秀吉天下取りが始まる訳で、次の回「本能寺の変」、「天下の奇策」はそれぞれ視聴率20%を超えています。なぜか「中国大返し」は低かったですね。しかし、すぐにその次の回で「天下人への道」が20%超え。それからしばらく、視聴率は低迷します。つまり、官兵衛が軍師としての力を発揮した華々しい場面ではことごとく視聴率を上げているのです。そして、次に視聴率が上がるのは第48回「天下動乱」。言わずと知れた日本史上最大の合戦と言われる関ヶ原の戦いへ至る勇壮なシーンです。20.3%。そして、第49回「如水最後の勝負」で如水は、軍師としてではなく、自ら天下取りに名乗りを上げるのです。21.3%。最終回「乱世ここに終わる」は19.4%。最終回は、やや期待落ちでしたか。(視聴率はビデオリサーチ社調べ)

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115235009j:plain

軍師官兵衛』「傷だらけの魂」(NHK)道薫は茶々に城を捨てて逃げた話を求められ、道薫は秀吉に殺されることを願って、その場に居合わせた者たちを罵った。

http://www1.nhk.or.jp/kanbe/story/story33.html


視聴率が良かった回をつぶさに見てきました。それとは逆に低かったところは、後半に目だちます。それは秀吉が天下人になってからの話です。第33回「傷だらけの魂」でしたか、秀吉・竹中直人さんのおとぎ衆となった荒木村重こと道薫・田中哲司さんが茶々・二階堂ふみさんや秀吉を「化け物」と 罵倒し、死のうとしますが、官兵衛・岡田准一さんの機転で救われるなどのことが描かれていました。駄作を立ち直らせた名場面などと内容的な評判はよかったけれど、暗さばかりが目だっていて視聴率は16%台です。視聴者の中には「中国大返し」で最終回にすればよかったなどの声もありました。この後、秀吉は天下人になった奢りから利休を切腹に追いやり、秀頼を守らんがために秀次を高野山に追放し、後に切腹させる。一族郎党39名を三条河原で処刑するなどが描かれます。また、朝鮮出兵など不毛な戦いがあったり、功労のあった者を遠ざけたりなどが延々と続くと、救いのない展開に視聴者は離れて行きました。仕方ないですよね。あまりにも重苦しい。で、秀吉の死と共に、ドラマにも明るさと活気がでてきたのです。ドラマを描くのに、特にNHK大河であれば、暗いシーンだから省いてしまうなんてことはやってはいけないでしょう。視聴者の誰かの意見のように「中国大返し」という、官兵衛、秀吉の最高の見せ場で終わっていい訳はないですよね。しかし、人は見たくないものは見たくない。それも事実です。その事が如実に視聴率となって現れているのではないでしょうか。

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150115235158j:plain

信長協奏曲』信長と共に歩みたい長政であったが、孝行者でもあった。成り上がりの信長を嫌う久政の反対に逆らうことが出来ず、ついに信長と決別する。

http://www.fujitv.co.jp/nobunaga-concerto-drama/story/story_06.html


話を『信長協奏曲』に戻しましょう。ここで、第4話までの視聴率はほぼ横ばいを示しているのがわかります。しかし第5話からやや落ち始めます。なぜでしょうか?原作もおもしろいし、役者もいい演技で面白くしている(これらは前にアップしたBlogで語りました)。なのになぜ視聴率が伸びないのか。それは第5話あたりから、「史実」の信長自体が苦しい状況に追い込まれているからだと思います。いわゆる四面楚歌の時期が絡んできます。まずは「お市の方」。政略結婚で浅井長政に嫁がせます。政略結婚は戦国の常だから、それほどの違和感なく見ていられますが、比叡山焼き討ちはどうでしょうか? 確かに、信長にも言い分はあると思います。既得権益を我がものにし、肉食妻帯禁止の僧侶の身でありながら女性(にょしょう)を囲い、酒池肉林。自分の利にならない信長を追い落とそうとするなどの悪行が描かれていない分、「女子供も虐殺」というくだりは「信長」を主役に据えたドラマではあまりにも暗く、目を背けたくなります。僧侶の愚行、悪行を描いていれば趣は少し違ったものになったかもしれません。浅井氏との戦いも、決して勝った負けたで喜べるシーンではありませんね。これが漫画だと、根本的に趣が違ってきます。それらを描いたところで、比叡山焼き討ちの凄惨さは伝わりにくいし、浅井とのジレンマも高橋一生さんの生な表情がなければ、それほどつらくは映らない。「本」の場合、読書の時間は読者が握っているのです。つらければさっと読み流すこともできます。じっくり読むこともできます。しかし、映像作品での時間は制作者が握っているのです。映像作品は、辛いからと言って早送りはできません。放映時間中、制作者にの作り出した時間にゆだねるしかないのです。延々とつらいシーを見ることにもなるのです。さすがに、浅井を打ち取った信長が新年の席で、頭蓋骨を金色に塗った盃で祝盃をあげるシーンはありませんでしたね。このように、物語はより深い暗部へと展開していったのです。そして、最終回もサブローになんの華々しい活躍もなく、竹中半兵衛が殺害され、締めくくりがないまま、サブローと信長(光秀)と分かれるシーンで幕を閉じました。そして、そこには「本能寺」というピンぼけの扁額が、思わせぶりに映っていました。妙な終わりかたでしたね。これでは視聴率を稼ぐどころか、視聴者の怒りをかっても仕方ありません。シナリオでなんとかならなかったのでしょうか?

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150116000928j:plain

(『徳川家康NHK1983)原作は山岡荘八著「徳川家康」。戦国時代の覇者・徳川家康の生涯を描いた王道大河ドラマ。原作は「歴史小説」。

http://www.jidaigeki.com/osusume/201401_tokugawa/


このドラマには二つの縛りがあるんですよね。歴史と原作です。まず、このドラマ(原作)が「歴史小説」というものを背景にしているのか、または「時代小説」なのかで評価の分かれるところです。私なんかは漫画を軽く見ているようで、そんなジャンル立てで考えてもみませんでした。整理してみましょうか。

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150116001440j:plain

大江戸捜査網』(テレビ東京2015年 キャプチャ)先頃、新春ワイド時代劇で放映された「大江戸捜査網2015~隠密同心、悪を斬る!」。完全な「時代小説」ですね。定説になっている田沼の悪、松平定信の善を覆した作品。左から不知火お吉・夏菜 井坂十蔵・村上弘明 十文字小弥太・高橋克典 秋草新十郎・松岡昌宏 稲妻お竜・藤原紀香 榊原長庵・柄本時生 ちなみに田沼意次は往年の『大江戸捜査網』で井坂十蔵を演じた瑳川哲朗さん。


歴史小説では、実在の人物がメインキャラクターとなり、ほぼ史実の通りにストーリーが展開します。それでも、描かれる主人公の行動や言動など、同じ題材(例えば徳川家康)でも、作家によって異なった作品になります。小説とは言え、取材や資料調べなど、史実に気を使います。例:山岡荘八著『徳川家康』など
時代小説とは、日本の過去を題材に、架空の人物が主人公になったり、史実と違ったストーリー展開をする作品です。史実や著者の訴えよりも面白さ、いわゆるエンターテインメント性を重要視したのが時代小説です。『水戸黄門』などがそうですね。当時、いかに天下の副将軍と言えども、他領を動き回るなどのことは出来るはずもありません。しかし、それなくしてこのドラマは成立しませんね。そこが「時代小説」「時代劇」のゆえんです。
以上から見ると、『信長協奏曲』は歴史小説を元にしているとは言えませんね。つまり「時代小説」を背景にした「時代劇」ということになります。軽く言うと昔の「チャンバラ映画」なのです。ということは、「史実」の縛りはそれほど強くない。『水戸黄門』のような作り方ができるわけです。

次に、書き込みで「(ストーリーもキャラクターも)原作と違いすぎる」という不満が沢山ありました。原作に忠実でなければならないのかという問題ですね。それらに関しては、「原作と映像作品の違い」を語った人がいますので引用させてもらいます。『映画ヨタ話』というBlogからの引用です。

 


小説が映画化されることはよくあることですが、それらが公開されるとたいていは、「原作の方がよかった」「原作にあんなキャラはいない」とかいう話になってきます。
そもそも映画と小説は表現手段や長さにおいてまるで違います。
というよりも、原作小説とその映画化作品は似て非なるものです。

………略………

好きなマンガがアニメ化されたとき、キャラクターの声が自分のイメージしてた声と違うのにショックを受けることはよくあるはず。
これは、ビジョンもサウンドも常に読者の頭の中で作られていることの一例なんですが、はたしてこの身勝手な仮想の視覚や聴覚が常に真実であるといえるのでしょうか。
こういう点に固執するあまりに正しい判断力が失われることもあるはずです。
まあ、もっともこんなマジメな話が通用するのはあくまで普通の原作と映画の場合であって、スティーブン・キングの「バトルランナー」のようなあまりにも両者がかけ離れているものには通用しない理屈なんですが。
キング自身にしても、あれだけ多くの作品が映像化されているわけだから(しかも自分まで出演したり監督したりしてるから)、結構映像化を意識したりビジネスライクに割り切ったりしていると思う(これはキングだけに限ったことでもない)し、否応なしに商業ベースにのせられて作品の質の低下を招くこともあるでしょう。
もっとも、キング自身にも自分の小説を映画化する能力のないことは「地獄のデビルトラック」などでも実証済みです。
映画が1つの文化として定着した今となっては原作と映画化作品の違いをどうこういうのはあまり意味のないことなのかもしれません。
出来上がってしまえば、もはやどんな作品であろうと両者は別物なのです。
そもそも作り手が映像化する世界と、読み手が頭の中であらかじめ映像化していた世界が違うのだから。

http://www14.ocn.ne.jp/~walkon/movie/mspecial/

 

 

f:id:AkitsuYoshiharu:20150116001636j:plain

『シャイニング』1980年の映画。霊的な要素も加え、人間の怖さを描いている。ホラー映画として完成度が高い作品。

http://recomovie.info/the-shining


文の中にスティーブン・キングの話が出て来てびっくりしました。昔、彼の翻訳本『シャイニング』の装丁をやらせてもらったのですが、この稿を書いている最中に、AXN (ミステリー専門チャンネンル)で、スティーブン・キングが製作総指揮・脚本を担当した『シャイニング』TV版(1997年制作)を放映するというニュースが流れました。「伝えたかった本当のこと」のような宣伝文句があったので、映画の『シャイニング』は原作とは違ったものとして作られていたということでしょうね。
そしてスティーブン・キングは、自分の表現をしたかったのでしょう。
決めるのはクライアント(またはプロデューサーなど)なのですから、原作者は黙るしかないのでしょう。つまり、映像化は商業的契約の範疇で自由度があるということです。『信長協奏曲』の場合は、すでに、「原作と違う」という意見があるくらいですので、その辺は適当に書き換えているのでしょう。『信長…』を見て怒っている人のほとんどが、原作と映像は別ものということは分かっていると思われます。でも、怒らずにはいられないほど、視聴者の抱いたイメージとのギャップがあったことは確かです。それは、これとこれが同じとか違うとかの意見になっていますが、実は「満足度」の問題ではないかと思います。原作と映像作品が違っていても、満足すれば「ブツブツ」言うだけで、「不満」にはならないでしょう。このドラマの制作者からすれば、「言うのはあなたの勝手」「作るのは私の勝手」ということでしょうか。しかし、「作るのは私の勝手」と言ったところで、商品の評価(視聴率)はそのまま致命傷にもなりかねないのも事実です。作る人はひととおり、すべての意見に耳を傾ける必要はあります。その上で、創作のために無視するところは大胆に無視して作品の筋を通せばよいのです。
少なくともこの『信長協奏曲』は原作と同じ題名を冠しながら、原作とは相当に違った変更を試みている。そして、史実に忠実でなければならないという縛りは緩い。であれば、浅井との確執や比叡山焼き討ちの事は、それこそシナリオライターの腕の見せ所ではなかったかと思うのです。

 

信長協奏曲』の視聴率が伸びなかったことの理由を考察して来ました。原作もキャストも演出もそこそこ。だとしたら、シナリオにおいて、史実を「TV向きに脚色」しきれなかったと言えるのではないか。映像化のためのシナリオを書き進む際に、原作とは別の視点で、

 

信長はこの事件では本当はこうだった。
信長はこの事件の時にこうだったら面白い。

 

というような立場(のどちらか)をきっちりと踏みしめられたかという疑問が残るのです。そうした視点やコンセプトがきっちりしていないと、ある時はこっち、ある時はあっちになり、面白いだけの、時代劇の服装をした「コント」で終わってしまいます。すでに「帰蝶は原作と違う」とか「ストーリーもいい加減」と言われるくらいに書き換えてあるというのが本当なら、原作を元にしたシナリオであっても映像作品と割り切って、「本当はこうだった」または「こうだったら面白い」のどちらかに腰を据えて改変していったら、「映像作品」として面白いものができたのではないかと思います。結果、口コミの評価で視聴率も上がってくれると思うのです。

 

最後に、上でも少し触れていますが、最終回で藤木直人くん扮する竹中半兵衛が殺され、その結末がないままです。サブローが去っていく時に垣間見せたピンぼけの扁額「本能寺」の意味。これを実写版映画に引っ張っているような気がしてならないのですが、だとしたら、根底からこの企画者への評価は変わります。商業主義でありながら商業にもならない大失策を招くことになるでしょう。TV版続編の先行公開を望みます。

 

  

—Akitsu

現在、下記の四つのサイトで Akitsu Blog を公開しています。

 

TV : 新番組、第1話、視聴談など

http://akitsuyoshiharuview.hatenablog.com/

 

昭和のこどもの物語 : 『小説 彼方のゆめちゃん』

http://akitsuyoshiharusyosetsu.hatenablog.com/

 

表紙の言葉 : デザイン、出版、社会

http://akitsuyoshiharuhyoushinokotoba.hatenablog.com/

 

自転車 : フォトエッセイ、エッセイなど

http://akitsuyoshiharucyclingtour.hatenablog.com/

 

*それぞれ3日~7日の周期で更新しています。

 

Akitsu Blog の Index です。更新状況が一覧できます。

http://akitsu.hatenablog.com/

 

信長協奏曲 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

信長協奏曲 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 

 

信長協奏曲(アニメーション) DVD BOX
 

 

GTO [DVD]

GTO [DVD]